最高裁判所第一小法廷 昭和60年(オ)322号 判決 1987年1月22日
主文
原判決を破棄する。
本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
理由
上告代理人土橋忠一、同坂東平の上告理由第一及び第二の二について
一 原審が確定した事実関係は、次のとおりである。
(一) 昭和五五年二月二〇日午後八時五九分ころ、大阪府枚方市天之川町二番四号において、上告人所有の軌道上を進行してきた淀屋橋駅発京都三条駅行急行電車(七両編成、乗客約一〇〇〇名、以下「本件列車」という。)が、レール上に置かれていた拳大の石を踏み、前部二両が脱線転覆し、一両目が民家の庭先に突つ込んで全損し、二両目が横転大破したが、その際、右民家の建物等が損壊するとともに、乗客一〇四名が負傷した(以下「本件事故」という。)
(二) 本件事故現場付近の軌道は複線であつて、軌道敷に隣接して一般道路(以下「本件道路」という。)があり、この間に高さ約一・二メートルの金網を張つた柵が設置され、本件道路に近い方が京都方面行軌道(以下「京都行軌道」という。)、遠い方が大阪方面行軌道(以下「大阪行軌道」という。)となつていた。
(三) 本件事故当日の午後八時四〇分ころ、本件道路上において、被上告人が中学校の友人であるA、B、C及び乙山二郎(以下、この五名を「本件グループ」という。)と雑談している間に、右電車軌道のレール上に物を置くことに話が及び、各自の経験を話したりなどして興じているうち、C次いでBが金網柵を乗り越えて軌道敷内に入り、レール上にガムを置くなどし、続いて乙山が同様にして軌道敷内に入つたうえ、軌道敷から拳大の石を拾つて京都行軌道及び大阪行軌道のいずれも本件道路に近い方のレール上に一個ずつ置いた。
(四) 被上告人は、Aと共に、軌道敷内には入らず本件道路上にいたが、右のとおりC、B及び乙山が軌道敷内に入り、かつ、乙山が大阪行軌道上に置石行為をするのを見ていた。もつとも、被上告人は、京都行軌道上の置石(以下「本件置石」という。)については認識していなかつた。
(五) 乙山は、被上告人あるいはAから置石行為をやめるように言われたが、置石をそのまま放置したため、Cが、大阪行軌道上の置石を見て危険を感じ、これを取り除いたものの、京都行軌道上の本件置石には気が付かず、これを除去しなかつたところ、その直後に本件列車が進行して来て本件置石を踏み、前記のとおり本件事故が発生するに至つた。
二 原審は、右事実関係のもとにおいて、(1) 被上告人を含む本件グループの者が乙山の置石行為につき共同の認識を有してこれを容認していたとはいえない、(2) 被上告人には本件置石について事前の認識すらなかつたから、同人が乙山と右置石行為を共謀したとか、その行為を助勢したとか、あるいはこれを容認して利用する意思があつたとはいえない、(3) 被上告人ないし本件クループの者の言動、認識が右の程度のものであつてみれば、被上告人において乙山が軌道上に置石行為をするかも知れないことを予見すべきであつたとはいえず、右置石行為を阻止ないし排除すべき義務があつたともいえないと判断したうえ、被上告人は本件事故について故意ないし過失による不法行為責任を負わないとし、被上告人に対しその損害賠償を求める上告人の請求を棄却している。
三 しかしながら、原審の右判断は、にわかに首肯することができない。その理由は次のとおりである。
およそ列車が往来する電車軌道のレール上に物を置く行為は、多かれ少なかれ通過列車に対する危険を内包するものであり、ことに当該物が拳大の石である場合には、それを踏む通過列車を脱線転覆させ、ひいては不特定多数の乗客等の生命、身体及び財産並びに車両等に損害を加えるという重大な事故を惹起させる蓋然性が高いといわなければならない。このように重大な事故を生ぜしめる蓋然性の高い置石行為がされた場合には、その実行行為者と右行為をするにつき共同の認識ないし共謀がない者であつても、この者が、仲間の関係にある実行行為者と共に事前に右行為の動機となつた話合いをしたのみでなく、これに引き続いてされた実行行為の現場において、右行為を現に知り、事故の発生についても予見可能であつたといえるときには、右の者は、実行行為と関連する自己の右のような先行行為に基づく義務として、当該置石の存否を点検確認し、これがあるときにはその除去等事故回避のための措置を講ずることが可能である限り、その措置を講じて事故の発生を未然に防止すべき義務を負うものというべきであり、これを尽くさなかつたため事故が発生したときは、右事故により生じた損害を賠償すべき責任を負うものというべきである。本件において、原審の確定した前示の事実関係によれば、被上告人は、本件事故発生の一九分前ころから、中学校の友人である本件グループの雑談に加わり、各自の経験談をまじえ、電車軌道のレール上に物を置くという、重大事故の発生の危険を内包する行為をすることの話に興じていたばかりでなく、本件事故の発生時まで本件道路上にいて、乙山ら三名が順次金網柵を乗り越えて軌道敷内に入り、そのうち乙山が軌道敷から拳大の石を拾つてレール上に置くのを見ており、少なくとも同人が大阪行軌道のレール上にその石を置いたのを事前に現認していたというのである。そうすると、被上告人は、置石行為をすることそれ自体について乙山と共同の認識ないし共謀がなく、また、本件事故の原因となつた本件置石について事前の認識がなかつたとしても、乙山が大阪行軌道のレール上に拳大の石を置くのを現認した時点において、同人が同一機会において大阪行軌道よりも本件道路に近い京都行軌道のレール上にも拳大の本件置石を置くこと及び通過列車がこれを踏み本件事故が発生することを予見することができたと認めうる余地が十分にあるというべきであり、これが認められ、かつまた、被上告人において本件置石の存否を点検確認し、その除去等事故回避のための措置を講ずることが可能であつたといえるときには、その措置を講じて本件事故の発生を未然に防止すべき義務を負うものというべきである。被上告人が本件事故の発生前に乙山に対し置石行為をやめるように言つた事実があるとしても、それだけでは直ちに右注意義務に消長を来たすものとはいえない。また、前示の事実関係に照らすと、被上告人の右注意義務の懈怠と本件事故との間には相当因果関係があるものといわざるを得ない。
以上のように、被上告人において、乙山の置石行為につき同人と共同の認識ないし共謀がなく、また、本件置石につき事前の認識がなかつたとしても、被上告人は、上告人に対し、本件事故により上告人が被つた損害につき賠償責任を負う余地があるものというべきであつて、被上告人において、乙山の置石行為につき同人と共同の認識ないし共謀がなく、また、本件置石につき事前の認識がなかつたことから、直ちに、被上告人には本件事故について過失責任を問うことができないとした原審の前記判断は、法令の解釈適用を誤り、ひいて審理不尽、理由不備の違法を犯すものというべく、その違法が原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、右の違法をいう論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、本件については、叙上の観点に立つて更に審理を尽くさせる必要があるから、本件を原審に差し戻すのが相当である。
よつて、その余の論旨に対する判断を省略し、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 角田禮次郎 裁判官 谷口正孝 裁判官 高島益郎 裁判官 佐藤哲郎)